鉾流橋と乾物商の鳥居
| Hoko Nagashi Bashi is a place where Tenjin Festival is also important. |
そろそろバラの季節… なんですが、中之島公園のバラ園は工事中。この間、そばを通ったので、工事中のお知らせ看板を撮ってきました(笑)

The Nakanoshima rose garden is under modification, P903iTV
この秋に開通する中之島線に合わせて再整備工事をしてるみたいですね。看板によると、工事は平成21年3月31日まで予定しているそうです。
イラストの網掛け部分が工事中ってことなんですけど、これってほとんど全部ってこと? とりあえずバラの小道は大丈夫みたいなので、今度時間を作って見に行ってみようと計画中。6月頭ぐらいまでならなんとか残ってる花もありますよね(汗)
このときは時間がなかったので、残念ながらバラの小道はのぞけなかったんですけど、その代り対岸でこんな鳥居を発見。

Torii which is near the pedestrian crossing in front of the Temmabashi police station, DSC-888
そんな物を見に行ってるから時間がなくなるんだとかいうのはこっちへ置いておいて、橋を渡って確かめてみることにしました。ほんとに川のすぐそばに鳥居があるんですよ。なぜ、こんな所に??? 見回してもそばに神社なんかありません。

The front of torii is the Temma police station, DSC-888
あ、わかった、警察署の鳥居ですね。仕事柄、悪いものが入ってきたら困りますから。
というのは冗談で、石灯篭をよく見ると「天満宮」って書いてありますよ。

This torii and stone lantern which dry saltery contributed, DSC-888
今、渡ってきた橋の名前は「鉾流橋(ほこながしばし)」って書いてあります。今度こそ納得。ここは天神祭に関係する場所だったんですね。
ちょこっと調べてみたところ、この辺りは昔「社頭(しゃとう)の浜」と呼ばれたそうで、天神祭の古い形ではここから神鉾を流し、流れ着いた場所に御旅所を設けて天神様を迎えたそうです。
現在も鉾を流す形式のみですけど、祭りの無事と浪花の街の繁栄を祈ってここで鉾流し神事が行われているそうですよ。
1枚目の写真をさらによ~く見ると、電柱に隠れつつも「乾物商」の文字が写っています。つまり、この石灯籠は乾物商の人たちが寄進したというわけ。江戸時代の天満界隈は乾物商が多く集まる場所だったようです。
伝説では「神功皇后が朝鮮半島から夕顔の種を持ち帰って、それが大阪の地に根付いたのがかんぴょうは始まり」なんて話もあるそうで、大阪と乾物はずいぶん縁が深いようです。
ちなみに鳥居のすぐ下は駐車場みたいになっていますけど…
階段を越えるとちょっとした広場になってました。2005年に整備されたばかりの設備で「若松の浜」というそうですよ。けっこう立派。
対岸からだと、高速道路の橋脚でよく見えないんですけどね(汗)
でも、びっくり。Google mapの航空写真にはちゃんと鳥居の影が映ってました(汗)
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コメント
歴史と現代構築物がうまいこと共存しているのかな、という印象ですねぇ。
乾物商の人って何売ってたんでしょう?乾物って言葉、今波あまり使われないですもんね。酒のつまみになるようなものかな
投稿: フランカー | 2008年5月27日 (火) 18:14
>フランカーさん
なんか無理やりというか、調和があるようでないのが大阪っぽいですよね (^^;
ところで江戸時代の乾物って、かなり幅広いものだったみたいですよ。
こだわりの乾物屋 山城屋
http://www.yamashiroya.co.jp/about/index.html
昆布なんて北前船で持ってくるわけだから、かなり大がかりな取り引きですよね。
いかがです?
元禄4年(1691)「萬口銭附覚(よろずこうせんつけおぼえ)」という記録には「氷蒟蒻」なんてものもあったみたいですよ。こんにゃくが高野豆腐になってるのかな。それって、おいしいのかな
フランカーさん、ビールのお供に
投稿: sumi | 2008年5月28日 (水) 00:02